2017年8月21日月曜日

視力検査の不思議 ~中近両用眼鏡で視力1.2をゲットしたこと~

 毎年行っている人間ドックです。けっこう大きな病院です。ここだけの話、近所での評判はイマイチです。でも、診察や入院するわけじゃないし、近いし、安いし、空いているんで毎年お願いしています。
 2年前の今頃、ここの病院で大腸に異常を見つけてもらって、癌とのお付き合いが始まりました。精密検査を勧められたんですけど、別の病院に行ったので、裏切ったみたいになっちゃって「ちょっとわるかったかなあ」とは、思ってます。

  人間ドックといえば、一番の難関は胃カメラです。僕は喉の奥が敏感な方なので、何回やっても上手になりません。
 それから、エコーでお腹の中を見てもらったりもします。すると、「脂肪肝ですから気をつけてください」とか「ちょっとポリープありますけど、まあ大丈夫でしょう」とか「少し肥大しているようですから、様子を見ましょう」とかイエローカードの連発です。

 で、検査項目の中に、視力検査があります。僕は、子どもの頃からの近視で、裸眼だと0.1くらいです。ホントは0.1も良く見えないんですけど、あとが面倒なので、見えたことにしてしまいます。
 人間ドックは、ちょいちょい待ち時間がありますから、いつも文庫本を持っていきます。この日は中近両用眼鏡をかけていました。遠近両用と違って車の運転は厳しいんですけど、ちょうど1m位のところにピントがバッチリ合うんで、パソコンをやったり本を読んだりするにはちょうど良い眼鏡です。
 それをかけて視力を測ったら、すごく良く見えるんですよ。1.2なんて余裕です。でもおかしいですよね。この眼鏡は中近両用なんで、3mくらい離れるとボケちゃうんですよ。

                             
 視力検査は、5m離れたところで約1.5mmの切れ目を見分けられれば、1.0となります。もし3mmしか見分けられなければ0.5だそうです。
 ところが、ここの視力測定器は、のぞき込むタイプなんで、測定版は目から50cmくらい先にあります。その分、ランドルト環は小さくなっているのでしょうけど、ちょうどこの眼鏡でピントがばっちり合う距離ですから、どんな小さい字でも読めます。
 視力検査って、遠くの物は小さく見えるから、小さい物が見えるのと遠くが見えるのは同じということでしょうけど、矯正視力の場合は、その理屈が通用しないのかなって思ったんです。
 僕の眼鏡は1mくらいのところにピントが合ってますから、1m先の物はどんなに小さくても見えますけど、5m離れると大きな物でもボケてしまいます。それで、視力1.2ってことで良いんでしょうか。

 でも、矯正視力とは云え「視力1.2」をゲットするのは、人生初だと思いますw

 結論です。「視力が良い」ということは、「遠くが見える」では無くって「小さいものが見分けられる」ということだったんですね。また1つ勉強になりました。

2017年7月29日土曜日

CTを撮ってきました。

 半年に一度のCT撮影の日でした。大腸カメラと比べると大したことは無いのですが、造影剤を入れるので、家族の承諾書を出さなくてはなりません。
 大腸ガンは、腹膜、肺、肝臓のあたりに転移することが多いとのことですから、CTも肺から骨盤までを撮影するようです。

 結果は一週間後、大きな病院なので、何をするにも時間がかかります。

 実は、少し前から、下腹部に違和感があって、すっとイヤな予感がしていたんです。でも、結果は異常なしでした。
 何だったんでしょうね。単なる筋肉痛か、手術の跡が痛んでいたのか、よく分かりません。心配ならカメラをやりましょうかって云ってくれたんですけど、やめときました。12月になればどっちみちやりますからね。

 で、半年先のことですけど、大腸カメラの予約をいれました。12月25日です。直腸癌の手術をした日と同じです。
 ってことは。クリスマス・イブの日に、検査食を食べているってことですよね。まあ、今さらどうでもいいことですけど・・・・。

2017年7月2日日曜日

小林麻央さん

 先日、お亡くなりになられた、小林麻央さんの闘病ブログ「KOKORO.」は、海外にも知られ、多い日には、1億ページビューを数えたそうです。麻央さんのブログでの最期の記事は「オレンジジュース」、最後の言葉が、「皆様にも、今日 笑顔になれることがありますように。」でした。

 幼い子どもを残して、人生を閉じなければならない母親の無念はどれほどのものか、想像すらできません。

 彼女のブログから影響を受けた方も多いと思います。そちらに関する話題については、僕は何かを云えるような者ではありません。かと云って、闘病ブログの端くれとして、スルーするのも失礼かと思い、感じたことを書かせていただくことにしました。
 同じ闘病ブログと云っても、僕の最新記事は、「尿取りパット」ですし、最後の言葉は「いきんだら人工肛門」ですから、麻央さんのブログとは、天地の違いがありますけど。

 ネット情報によると、人間ドックで異変が見つかったのが3年前。その時は、良性と診察されて、念のために6(3)ヶ月後に再検査を勧められたそうです。で、8ヶ月後に再検査を受けて、ステージⅢの診断が出ます。標準的な治療法は、抗ガン剤と手術でしたが、温存を希望したため放射線治療(あるいは民間療法)を受けることになったそうです。
 その後、他臓器への転移が見つかり、ステージⅣの診断が出て、余命宣告があって、延命治療に切り替わります。この時に転院が行われ、マスコミの知るところになり、病気を公表、ブログの開設となっていったとのことです。

 まあ、ネットの記事ですから、どこまでが真実か分かりませんけど、矛盾点は無いように思います。

 僕もそうでしたけど、後になってみれば、あの時、こうすれば良かった、ああすれば良かったってことが多々あります。
 もちろん、良性の腫瘍が癌化することは珍しくありませんから、誤診とは云えませんし、忙しい身であれば受診が遅れることも仕方ありません。麻央さんは、まだお若かかったし、人前に出ることも多いでしょうから、温存を希望するのも当然かと思います。また、乳がんの抗ガン剤は、副反応として、髪の毛が抜けたりしますので、治療費がかかっても放射線治療で、となるのも分かります。
 しかし、麻央さんが一般人であったなら、もう少し違う展開になったように思えてなりません。

 ネットでは、海老蔵氏の再婚話がささやかれています。なんとも無礼な話ですが、有名であるということは、こういうことなんでしょう。長い間、病気を極秘にしていたのも当然のことです。
 そんな中で、麻央さんがブログの公開を始めたことは、大きな転換点だったと思います。ガンの闘病ブログは、掃いて捨てるほどありますが、顔写真を死ぬ数日前まで公開しつづけるブログなんて、見たことがありません。

 僕は、麻央さんは、最期までタレントとして生きたかったのだと思います。ブログの更新は、彼女の仕事であり、仕事は、家族と同様に、彼女の支えだったと思います。彼女は、タレントとしての自らの価値を利用し、公開し、ガンの闘病の実際や、自らの生き方を世間に伝えようとしたのだと思います。

 週刊誌では、彼女の治療等に関して、興味本位な記事が掲載されています。本来ならば、亡くなった人をそっとしてあげるのが礼儀なのでしょうが、彼女がブログを公開して、世間の注目を浴びることを決断した時点で、これらのことは、織り込み済みのはずです。逆に、スルーしてしまったら、公開した意味がなくなってしまうように思えるのです。

 比較的早期に発見できたのにもかかわらず、何故死んでしまったのか。治療は適切だったのか。緩和ケアのありかた。そして、末期癌の人間がどうなっていくのか。彼女から学べることは多いと思います。

 例えそれが、単なる興味本位だとしても。

2017年6月18日日曜日

尿取りパット(お食事前後の方は閲覧注意です)

 僕が受けた手術は、直腸癌の腹腔鏡手術です。直腸を切って繋いだので、手術直後は、絶食でした。ですから、消化器の中には、食べ物は入ってないのですが、出血とか老廃物などが出ますので、排泄物はあるんだそうです。つまり、人間というのは、何も食べていなくても、ウンコは出るということです。
 そういうものが、直腸に溜まっていると、手術で繋いだ部分に良くありませんから、肛門に管を入れて、溜まらないようにしていました。つまり、お腹の中のモノは、ノンストップで体外に出るようになっていたわけです。で、それを受け止めるために、女性用の特大尿取りパットを着けさせられていました。

 手術直後は、たいしたことは無かったんですけど、水分を取り始めたり、大腸の活動が復活してくるにつれて、お尻も汚れるようになりました。「何か出てるな」って感覚はあるんですけど、悲しいことに、自分では止めることができません。
 定期的に、看護師さんに拭いてもらうしかありません。赤ちゃんと同じです。病棟の看護師さんは、男も女も若い人が多いのですが、仕方ありません。もっとも、入院していると羞恥心などというものは消えてしまいますけど。
 若い男の看護師さんに拭いてもらったときに、「申し訳ない」みたいなことを云ったら、「腸がちゃんと仕事をしている証拠ですから」「無ければ逆に問題です。」って云ってくれました。
 
 あるとき、大量に出てしまったみたいで、パットを通り超して、パンツから、パジャマまで汚してしまったんです。もう、家に持って帰って捨てるしかないと思っていたら、看護助手さんが、捨てるのも勿体ないからって言って、洗ってくれたんです。しばらくして、洗われて、漂白剤に漬けられてビニール袋に入ったパンツを持ってきてくれました。

 入院するときに、予め購入しておいた尿取りパットが無くなってしまい、ナースステーションに置いてあるものを使うようになりました。この場合、数を記録しておいて、後で、下の売店で買って返すことになっていました。

 すでに歩けるようになっていて、暇をもてあましていた僕は、点滴スタンドをガラガラ曳いて、売店に行き、女性用の尿取りパットを買いました。足りなくなると困るから、多めに買い込みました。それから、紙パンツも買いました。これだったら、汚れても捨てれば良いわけですから。
 ナースステーションに寄って、借りていたパットを返して、残りをベッド横の棚にキープしました。これでひと安心です。

 次の日の朝、主治医の先生がやってきて、「今日、何日目でしたっけ。」って指折り数えて、「管、取ってしまいましょう。」って言いました。しばらくして、若い先生が来て、管を取り外してくれました。ハサミで糸を切っている音がしましたから、管は肛門に縫い付けてあったみたいです。「トイレで、いきまないでくださいね。傷口が外れたら、緊急手術で、次は人工肛門ですから」って脅されました。

 僕は、晴れて、自分の意思で、ウンコができるようになりました。「いきんだら人工肛門」というプレッシャーは、かなりのモノでしたけど。



 で、この尿取りパットどうしましょう。

2017年5月24日水曜日

アカヒレの死

小さな水槽で「アカヒレ」を飼い始めて1年近くになります。
本当に小さな水槽なので、エアーも濾過器もつけていないんですが、
水が合っていたようで、買ってきた5匹のアカヒレは元気に泳いでいました。

3ヶ月程たった時に、そのうちの1匹が痩せ始めました。
他のアカヒレからも追いかけ回されるようになり、
水草の影に隠れていることが多くなりました。
ますます痩せていって、元気がなくなっていきました。
やがて、餌も食べられず、逃げる気力も無くなってしまいました。
明日にも死んでしまいそうでした。
朝になる度に、死んでいるだろうかと、水槽を眺める日が続きました。

ところが、アカヒレは、なかなか死にませんでした。
痩せ衰え、呼吸も絶え絶えなのに、死にませんでした。
魚とは云え、同じ脊椎動物ですから、アカヒレの辛さは伝わってきます。
死んでしまったほうがどれほど楽だろうかと思います。
でも、アカヒレは、水草の影で生きていました。
ただ、死ぬためだけに生きていました。
僕は、毎朝、水槽を眺めては確認するのが日課になりましたが、
それは、アカヒレが死ぬのを待っているようなものでした。

1ヶ月後、アカヒレは死にました。
明日は死ぬだろうと思われながら、1ヶ月の間、生きていました。

生き物は、そう簡単に死ねるものでは無いようです。

2017年4月23日日曜日

リスキーなバカンス

 寝ていたら、夜中に突然、足が痙りました。

 三日ほど続いた後、治まったんですけど、どうやら、抗ガン剤の副反応が、ぶり返しているようです。あの頃は、手足が痙ったり、強張ったりとか、よくありましたから。他にも、足の裏に痺れと違和感が出てきたり、爪も少し痛んできました。抗ガン剤を終了して8ヶ月が過ぎ、副反応のことなど忘れていたところでした。
 
 副反応については、人によっては、何年も悩まされるということですし、ぶり返したと云っても、大した症状ではないので問題ないんですけどね。

 まあ、心当たりがあるとすれば、ストレスでしょうか。日本中どこでも同じかと思いますけど、何だかんだ云っても、新年度っていうのは忙しいですからね。癌の治療中は、仕事についてもいろいろと配慮してもらってましたが、いつまでも甘えているわけにはいきませんし、4月から配置換えになって、毎日毎日、慌ただしかったことも関係あるかも知れません。

 同じ職場に、以前、癌の治療のために休みをとっていた方がいます。その方の話によると、癌治療のために長期休暇に入ったとたん、長年悩まされていた、偏頭痛がピタリと治まったそうで、職場復帰したら、再び頭痛が始まったとのことでした。
 僕も、思い出してみると、癌で入院していたときの方が、仕事しているよりも楽だったように思いますw

 よく、「そんなことばかりしていると、体に良くないから癌になるよ」なんて云いますけど、体に一番良くないことって仕事じゃないのかなって思います。ストレスは万病の元って言いますから、「そんなに仕事ばかりしていると癌になるよ」ってのが正しい使い方かもしれません。

 先日、ニュースで、「日本人の2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で死亡する」って言ってました。癌になることは、珍しくも何ともない時代になりました。昔は、いろいろと他の原因で死んだんで、癌になるまで生きられない人が多かったってことだと思います。

 生物が進化するためには、世代交代が不可欠で、いつまでも生きていられたら困るわけです。例えば、「ゾウリムシ」は細胞分裂で増えたり減ったりしてますから寿命というものがありません。ですから、永遠の命を持っているって云えるんですけど、その代償として、何億年経っても「ゾウリムシ」のままなんです。

 癌っていうのは、いつか必ず死ぬようにって、神様が作った仕組みですから、長寿社会になればなるほど、癌に罹る人が多くなるのは当然のことと云えます。

 とは言っても、まだ年金も貰ってないのに死にたくありませんからね。人間ってのは、神の真理に逆らう唯一の存在。癌になれば治療に通うことになります。
 
 で、2分の1-3分の1ってことで、「6分の1」。

 このニュースの正しい読み方は、「日本人の3分の1も癌で死んでいる」ってことじゃなくって、「日本人の6分の1は、癌になっても癌で死なない」ってことで、さらに、割合的に考えると、「癌患者の3分の1は癌で死んでない」ってのが正しい読み方になります。
 さらに、今、癌で死んでいる人は、昔に癌に罹った人たちですから、今、癌に罹った人が、これから癌で死ぬ率はもっと低くなるはずです。

 ひねくれた言い方になりますけど、働き過ぎで過労死したり、精神を病んで自殺したりってニュースを聞くと、だったら、癌になって病院でのんびり治療した方が、幸せじゃないかって思うときがあります。
 癌は神様がくれた、少々リスキーなバカンス。

 とはいえ、健康が第一。バカンスの強制取得ってことにならないよう、ご自愛下さい。

2017年3月28日火曜日

3ヶ月に一度の血液検査でした。

 まず、検査室に行って、血液を採取します。
 いつも通りの3本です。

 僕の前に20人ほど待っていましたが、5~7つのブースがフル回転しているので、10分くらいで順番がきました。いつもながら、検査技師さんの手際の良さに感心してしまいます。世の中には、いろいろなプロがいますけど、注射針を刺すプロというのもいるんです。

 前回は、検査から診察までの時間が短く、結果が未だ出ていなくて、30分くらい待つことになってしまいました。ですから、今回は、キモチ早めに行ったんですけど、そのまま、大腸外科の受付をするには、いくらなんでも早いかなって思ったんで、最上階の喫茶店で、午前中から「おやつタイム」をしていました。
 病院は、たくさんの患者さんで混み合ってますが、ここは別世界です。病院の最上階で景色も素晴らしいし、クラッシック音楽が流れていて、30~40席あるスペースに僕一人。読みかけの文庫本を開きながら、ワッフル食べて、コーヒー飲んでました。
 ホットケーキもワッフルもケーキもアイスクリームも、自家製では無く、普通の仕入れ品ですけど、スタバよりもずっと安いですし、カウンターの向こうで切り盛りいているのが、食堂のおばちゃんぽいのもイイ感じです。
 一階のホールにも、カフェコーナーがあるし、ミニストップでコーヒー買って、ラウンジで飲むのも良いんですけど、この時間帯では、空いている椅子をさがすのも一苦労ですからね。
 こんな良いところがあるのに、何でみんな来ないんだろうって思うときもありますけど、癌の病院に来て、のんびりコーヒーを飲もうなんて考える方が少数派なんでしょう。

 なんてしていたら、呼び出し受信機がなりました。「大腸外科で受付をしてださい」ですって。「診察室にきてください」みたいなメッセージはありましたけど、「早く受付に来いっ!」ってのは初めてです。「検査をしてから1時間も、どこほっつき歩いてんだ」って、受信機に怒られてしまいました。
 
 次回の検査は、夕方に予約です。3ヶ月後は、薔薇も綺麗に咲いているでしょうから、午前中に予約を入れて、庭でコーヒー飲んで、半日のんびりしたいんですけど、僕にだって抜けられない仕事がありますからね。
 
 
 腫瘍マーカーの値は、正常でした。